お侍様 小劇場 extra

    “どっちが誰がと、野暮は訊くまい” 〜寵猫抄より
 


仔猫の久蔵は、そもそもからして勘兵衛へと懐いてついて来たようなもの。
微妙な差ではありながらも、
自分から遊ぼう遊ぼうと駆け寄っていったり、構えーとじゃれかかるのは、
もしも二人が並んでいたなら、勘兵衛のほうを選ぶ彼であり。

 声も好き、匂いも好き

書斎から出てくるとお耳がピクリと立ってしまうし、

 大っきな手も好き

早くひょいと抱えてほしくてのこと、
足元をちょろちょろしては、
シチが見かねて“勘兵衛様”と声を掛けてくれるくらい。

 でもね、あのね?

シチのことも大好きだよ?
美味しいご飯のせいでもなくて、
温っかくって いいによいがするからでもなくて。
いつもいつも構ってくれるからでもなくて。

 「〜〜〜〜〜。///////////」

そうなの、ほら。
せっかくきれいなお兄さんだのに、
青いお眸々をウルウルさして、
今にも泣き出しそうなこのお顔をするのが、
何だかとっても放っとけなくて。

 あのね? 何処にも行かないよって

安心しててねって言ってあげたいけれど、
シチには“にゃあ”では通じないから。
だったらの奥の手、好き好き好きのキスをたくさんしてあげるのvv




     ◇◇◇



遊んでいるおり、勝手に隠れんぼを仕掛けてくるときだけを例外に。
ボックスティッシュを全部引っ張り出しちゃったことを叱られた後でも。
やわやわな頬を惜しげもなくのひしゃげさせてのお昼寝の最中でも。
サイドボードの縁を全部、歯型で見事にデコレートしたのを叱られた後でも。
お手々やお顔に始まって、お耳や尻尾に至るまで、
拙いながらも集中してだろ、毛づくろいをしてなさる真っ最中でも。
本気じゃないのは判っていても、
林田さんへ爪を立てちゃったの“ごめんなさいは?”と叱られたすぐ後でも。

 『キュウゾウ?』
 『にぁあんvv』

呼べばすぐに、何処からだって駆けて来てくれるなんて、
これはよっぽどのこと、
信頼関係が深い証拠なんでしょうねと。
お土産のケーキの銀紙へ、にゃあにゃあとじゃれてたのを中座して、
自分を呼んだ七郎次のお膝へと、
とこたか・ちょこちょこ、
寸の足らない後ろ脚を一丁前にも跳ね上げてという、
何とも愛らしい駆けようで駆け寄ってった仔猫様へ。
日頃よりもずんと眸を細めた林田くんが、
そんなお言いようをほのぼのしみじみと口にした。
それを訊いた七郎次はといえば、

 「え〜、そうっかなぁ?/////////」

一応は、他所んチと変わりませんてばと言いたげな口調ではあるものの。
てことこ辿り着いたそのお膝へ、
小さな小さな前足をちょんと引っ掛け、
何とも小さな肢体をちょこりと延ばし、
後足で立っちという態勢になったお猫様にあっては、

 「〜〜〜〜。////////」

いつものように ほわんと見とれてしまっていなさり。
絹糸みたいな金絲の髪に、
切れ長の青い眸や、形のいい口許、
頭身の高い、しなやかで締まった肢体…などなどと。
十分にモデルか俳優で通る、冴えた面差し風貌してなさるのに、

 「にあんvv」
 「はいな、どうしたねvv」

メロメロ加減は今日も絶好調であられるご様子で。
そんなリビングへ、影どころか声だって差さぬのに、

 「…っ。」

手鞠のような、いやさお手玉みたいに小さな毛玉様、
にゃにゃっとその身をよじらすと、
そのままあっさりと、刳り貫きになった戸口を目指す。
ぴょこぴょこと弾むような駆けようが、何とも無邪気で愛くるしいが、
林田くんにも“ありゃりゃ、これって…”と察しがついたその通り、

 「おお、久蔵。出迎えか?」

ひょいとなめらかな動作にて、その長身を屈み込ませての、
小さなシンパシーを大きな手のひらへと掬い上げ、
みゃあみゃあと忙しく鳴くのをリビングへ、連れ戻してくださったのが、

 「島田先せ…徹夜なされたんでしょうか。」

日頃、作家紹介なんてなページでは、
英国仕立てのスーツを着こなし、
深い思索に耽る横顔もダンディな…というあおり文句で鳴らしているが。
今日はちょっぴり眠そうなお顔の作家先生。
その延ばし放題な蓬髪をうなじで束ねたゴム止めも、
微妙に緩みかけという案配のまま、
開き切らぬ目許をしょぼつかせ、ほてほてとやっておいでのご様子で。

 「あらまあ、ちゃんと寝てくださいと申しましたのに。」

それともこちらが騒がしかったでしょうかと、
案じながらも立ち上がっての歩み寄る、
美麗で気のつく秘書殿へ、

 「いや…そうではないのだが。」

言われた通りに仮眠を取っていたものが、
何の拍子か弾けるように目が覚めたと。
ぼそぼそ語る勘兵衛であり。

 「…いやな夢でもご覧でしたか?」

だったら話して下さいなと、真摯なお顔で問う七郎次と、
みゃうぅ?と、
まるで話が通じているかのように、
そちらさんも“案じています”と言わんばかりな、
低いお声で問う仔猫らから見上げられ。

 「そういうのでもないらしいのだがな。」

林田くんもいるのへと気を遣ったか。
いやいや、彼の観ている前であれ、
古女房の肩くらいは平気で抱いて見せるほどの(?)
しっかと家族扱いなお相手だから、今更それはなかろうし。
怪訝なお顔の家人らを前に、
会釈をしての大丈夫だと、場にいた全員への応じをしてから、

 「で、秋の連載はどの方向でと決まったのだ?」
 「え? …あ、はははい。編集長が言うにはですね。」

今日の打ち合わせは、
3カ月先の秋の号から掲載開始となる、
集中連載ものの趣向への詰めのようなもの。
知名度も高くて固定ファンも多数いる、
数社にまたがっての何本か、シリーズものが定着している身ともなれば、
よほどに突飛すぎない限り、当人の裁量でテーマや方針を決めてもいいところだが。
あまり世間を知らぬ故と、一応は希望を訊いて下さる先生であるがため。
他社のシリーズとかぶらぬよう、
それでいてちょっとは斬新なところをと、
編集長と広報幹部が、あーだこーだとひねってた結果を、
ノートを開きつつも説明にかかる林田くんであり。

 「久蔵、こっちおいで。」
 「にゃん?」

小さな頬をすりすりと、頼もしい懐ろにこすりつけてた仔猫さん。
七郎次のお声とそれから、勘兵衛自身も腕を伸ばしたので。
あやや、おしゅごとなのねと、そこは聞き分けもよくなって。
がつりと頼もしいお手々から、
白くて優しいお手々へと手渡しされるのへ、
いい子で応じての、にゃぁんと甘える。

 だってシチのことも好きだもの

シチもしゅまだのこと、とっても好きなの判るから。
一緒だねぇって言ったらば、
そうだねぇって頬をスリスリしてくれる。
通じるんだよ? ホントだよ?
今だってホラ、

 「お話が済んだら、一緒に甘えっこしようね?」
 「にゃあvv」

林田さんへは内緒なの。
だからこそっと、お耳のところで言うシチで。
しゅまだとシチには毛並みが見えない、
するんてしてる ふわふかな頬っぺをちょちょいとつつくと、

 「シュークリームでも食べよっか?」
 「みゃぁあんvv」

甘いお話にお誘いしてくれるのvv
それもあるけど、それだけじゃなくて。
シチも大好きだよ、ホントだよ?




     ◇◇◇



お猫様が妙にこだわり繰り返したのは、

 『久蔵くんて、島田先生とシチさんと、どっちが好きなんでしょうかねぇ』

林田さんがそんなことをふと訊いたから。
そして、
『ああ、それは…。』
自分への懐きようは、ご飯のお世話をしているからですよと、
そんな風に言いかかった七郎次に先んじて、

 『それは愚問というものだ。』

きっぱりはっきり、言い切ったのが勘兵衛で。
『父と母と、どっちが好きかと訊くようなものぞ。』
『ははぁ、成程。』
これはしたり、確かに愚問でしたねぇと、
林田くんはからりと笑って済ましたものの、七郎次には複雑だったらしくって。
「勘兵衛様、あのようなお言いようは…。」
いつもの親ばか発言とも微妙に異なりますよ?
第一、林田くんが気を悪くしていたらどうしますかと、
それでなくとも世間が狭い勘兵衛へ、
余計な敵を作りたくはない彼らしい言いようを連ねたところが、

 「あのようなとはそれこそ心外だ。」

勘兵衛はやはりしれっとした声を返して来、
「喩えではなくの、我らは久蔵の父と母であろうよ。」
なあと微笑って覗き込んだお顔は、
彼らにだけは…するんとした頬に柔らかそうな唇の、
そりゃあ愛らしい幼児に見えているのだし。

 「みゃんvv」

お返事の声こそ猫のそれだが、
抱っこ抱っことすがるお手々も、ふわふかな綿毛の裾をゆらす小さな肩も、
抱き上げられてのお座りをした、御主の雄々しい腕から垂らした脚も、
これ以上に愛しい子はない、確かに寵愛の和子には違いなく。

 「…そうでしたね。」

何もサービスめかしてお道化ているわけじゃあない。
可愛い可愛いと心から思っての構いだてっぷりを、
包み隠さずご披露しているだけのこと。
「うん。林田くんだって、
 何もお世辞で久蔵を褒めたりしてくれてるんじゃあないんですしね。」
そうだったそうだったと思い出し、
妙なところでだけ、世間体のようなもの、ふと気にした自分をこそ、
“いけないなぁ”と思い直した七郎次だったものの、

 「…褒めた?」
 「え? ええ。いつも“可愛いねぇ”とか、賢いねぇとか。」

今日だって、

 『久蔵くんてホントに美猫ですよねぇ』
 『やだなぁvv 褒めたって何にも出ないぞ?』
 『いやいや本当ですって。』

毛並みといい顔立ちといい、愛らしい整いようをしているし。
手足の長さとか体と尻尾のバランスも、小さいながら絶妙でしょう?
仕草やお声も可愛らしいし、
こっちの言うことが通じてるんじゃないかって間合いでの、
甘いお声でお返事をするところがまた、
気を持たせて目が離せないって言うか……なんて

 「……。」
 「勘兵衛様?」

不意に。
向かい合ってた御主から発する気色の温度がぐぐんと下がった。
眉間へのしわも深まって、何事か案じてでもいるかのようであり。

 どしましたか、急に機嫌が悪くなられてませんか?
 褒められたのに それって、
 まるで“ウチの娘に悪い虫がついた”ってお顔ですよ?

  ……………そんなことはない。

そういや、あの黒猫さんの話をするときも、こんなお顔になってやしないか。
新たな恋敵を作ってしまったかしらと、
ありゃりゃあとの苦笑を浮かべた秘書殿の視線の先、
何にも知らない仔猫様だけが、
先程からと変わらぬ笑顔のまんま。
“遊ぼう遊ぼうvv”とのお誘いか、
にゃにゃと延ばした小さなお手々で、
勘兵衛の顎髭を撫でていたりするのであった。




うにゃ?




   おまけ



真夜中の屋根の上も、このごろでは相当に過ごしやすくなっており。

「だが、この先の家で犬を飼い始めただろう。」
「ああ。」

正確には預かっているだけだそうだが、
そこまでの仔細を言っても状況は変わらんだろからと、
勝手にはしょった久蔵であり。
それよりもと訊きたいことがあるらしく。

「………………。」
「…何だ、言ってみな。」

つか、こっちから水を向けんでも言い出せように。
せっかくの冴えた美貌も、
ちっとも賢そうに見えとらんのが勿体ないと。
何故だか兵庫の側が微妙に怒ってしまうのが、
久蔵にはいまだに不思議であるのだが。
それはともかく、

 「いつぞやの念に似た“気”を感じる。」

七郎次が危うくえらい目に遭った、呪いの咒。
一方的な思い込みのそれながら、
とはいえ、ああまで闊達な青年をやすやすと呪いの縛で搦め捕っての、
昏倒するほどというひどい苦痛を与えた威力は凄まじく。
あの一件以来、屋敷周縁への注意を怠らないようにしている久蔵が、
このところ、再びの念を感じているという。
だが、兵庫殿には察知出来ぬそれらしく、
月の光で濡れて見える庭木や蔵を一通り見下ろし、

 「気のせいじゃないのか?」
 「島田も…」

昼間、跳ね起きたほどに何か感じ取っていたと付け足せば、

 「あの朴念仁がねぇ。」

何かしら含むところでもあるものか、
七郎次が大変だった折は少なからず同情していた彼が、
勘兵衛の名が出ると妙にしょっぱそうなお顔になって。

 「まま、先にも言ったが注目を集めている人物だからの。
  それだけでも ただの人より念も集まる。」

成功者だし、傍らにはあのような美丈夫もおり、
このような立派な屋敷に住まわって…と。
世の人々からの羨望を集める理由には事欠かぬ人物だからの。
「それで時々、鮮烈なのが襲うってだけだろよ。」
くすりと微笑ったその後で、

 「お主がおることも、魔よけの働きをなしておるのだ。」

だから案じることはないと、
ちょちょいと同胞の白い鼻先で降って見せた爪先が、

 「……赤い。」
 「うっせぇな。あの女が塗りやがったんだよっ。///////

そろそろ終わりだとはいえ、まだまだ盛りの季節だからねと、
夜中に出て行くのはいいとして、ケンカして誰かに怪我させねぇようにだと。
エナメルの赤を器用に塗られた自分の爪先を、
う"〜〜〜っと唸りもって睨んだ兵庫殿だったが、

 「…まあともかく。こっちのそれは案じるな。」

円満極まりない家族の絆みたいなもんがあってのこと、
しっかと守られてるから、
半端な懸想や嫉妬なぞ歯が立たぬよと言ってやる。
すると、

 「…。(頷)」

安堵にとろけてだろう、和んだ眸をするお仲間なのが、
くすぐったいやら腹立たしいやら。
幸せなのだとありあり判る、こんなお顔を、
長く傍らにいる自分は ずっとのとうとうさせてやれなんだのに。
ここの家人らと来たらば、
ただの人間の分際でありながら、
何とあっさり、何も弄さずに、
仔猫の愛らしさやら、今のこの安堵のお顔、
扱いの難しいこの彼から、いくらでもと引き出していることか。

 “俺なんか、この家へ来るごとに何だか寒気や殺気を感じるのだが”

あああ、それはまた別口の仁王様からのお怒りだ、兵庫さん。
(笑)
???と小首を傾げる久蔵へ、何でもねいよとそっぽを向いて。
その先に上っていた望月へ、ついのこととて視線を留める。
梅雨に入ったなぞ何処のお話と、
いいお日和が続くこのごろの名残りか、
夜気の中には ほのかな草いきれの香りがし。
つややかな黒い髪が夜風にさらさらと梳かれてく。
何百年と見上げた月だが、
こんな長閑な想いで見たのは久しいことよと、
白い横顔、やっとほころんだ水無月の宵だった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.15.


  *なかなかに可愛らしい横恋慕が錯綜中です。(笑) 

めるふぉvv めるふぉvv

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