おまけ 
真夜中の屋根の上も、このごろでは相当に過ごしやすくなっており。
「だが、この先の家で犬を飼い始めただろう。」
「ああ。」
正確には預かっているだけだそうだが、
そこまでの仔細を言っても状況は変わらんだろからと、
勝手にはしょった久蔵であり。
それよりもと訊きたいことがあるらしく。
「………………。」
「…何だ、言ってみな。」
つか、こっちから水を向けんでも言い出せように。
せっかくの冴えた美貌も、
ちっとも賢そうに見えとらんのが勿体ないと。
何故だか兵庫の側が微妙に怒ってしまうのが、
久蔵にはいまだに不思議であるのだが。
それはともかく、
「いつぞやの念に似た“気”を感じる。」
七郎次が危うくえらい目に遭った、呪いの咒。
一方的な思い込みのそれながら、
とはいえ、ああまで闊達な青年をやすやすと呪いの縛で搦め捕っての、
昏倒するほどというひどい苦痛を与えた威力は凄まじく。
あの一件以来、屋敷周縁への注意を怠らないようにしている久蔵が、
このところ、再びの念を感じているという。
だが、兵庫殿には察知出来ぬそれらしく、
月の光で濡れて見える庭木や蔵を一通り見下ろし、
「気のせいじゃないのか?」
「島田も…」
昼間、跳ね起きたほどに何か感じ取っていたと付け足せば、
「あの朴念仁がねぇ。」
何かしら含むところでもあるものか、
七郎次が大変だった折は少なからず同情していた彼が、
勘兵衛の名が出ると妙にしょっぱそうなお顔になって。
「まま、先にも言ったが注目を集めている人物だからの。
それだけでも ただの人より念も集まる。」
成功者だし、傍らにはあのような美丈夫もおり、
このような立派な屋敷に住まわって…と。
世の人々からの羨望を集める理由には事欠かぬ人物だからの。
「それで時々、鮮烈なのが襲うってだけだろよ。」
くすりと微笑ったその後で、
「お主がおることも、魔よけの働きをなしておるのだ。」
だから案じることはないと、
ちょちょいと同胞の白い鼻先で降って見せた爪先が、
「……赤い。」
「うっせぇな。あの女が塗りやがったんだよっ。///////」
そろそろ終わりだとはいえ、まだまだ盛りの季節だからねと、
夜中に出て行くのはいいとして、ケンカして誰かに怪我させねぇようにだと。
エナメルの赤を器用に塗られた自分の爪先を、
う"〜〜〜っと唸りもって睨んだ兵庫殿だったが、
「…まあともかく。こっちのそれは案じるな。」
円満極まりない家族の絆みたいなもんがあってのこと、
しっかと守られてるから、
半端な懸想や嫉妬なぞ歯が立たぬよと言ってやる。
すると、
「…。(頷)」
安堵にとろけてだろう、和んだ眸をするお仲間なのが、
くすぐったいやら腹立たしいやら。
幸せなのだとありあり判る、こんなお顔を、
長く傍らにいる自分は ずっとのとうとうさせてやれなんだのに。
ここの家人らと来たらば、
ただの人間の分際でありながら、
何とあっさり、何も弄さずに、
仔猫の愛らしさやら、今のこの安堵のお顔、
扱いの難しいこの彼から、いくらでもと引き出していることか。
“俺なんか、この家へ来るごとに何だか寒気や殺気を感じるのだが”
あああ、それはまた別口の仁王様からのお怒りだ、兵庫さん。(笑)
???と小首を傾げる久蔵へ、何でもねいよとそっぽを向いて。
その先に上っていた望月へ、ついのこととて視線を留める。
梅雨に入ったなぞ何処のお話と、
いいお日和が続くこのごろの名残りか、
夜気の中には ほのかな草いきれの香りがし。
つややかな黒い髪が夜風にさらさらと梳かれてく。
何百年と見上げた月だが、
こんな長閑な想いで見たのは久しいことよと、
白い横顔、やっとほころんだ水無月の宵だった。
〜どさくさ・どっとはらい〜 09.06.15.
*なかなかに可愛らしい横恋慕が錯綜中です。(笑)
めるふぉvv 

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